気持ちのサンドバッグ

気になったことを調べて、まとめたり意見を書いたりします。あくまで個人によるエッセイなので、事実関係の確認はご自身でお願いします。

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アイドルの握手会は恋愛なのか?いや、恋愛ではない

アイドル刺傷事件*1では、ファンのアイドルに対する姿勢が、アイドルのファンに対する姿勢が問われている。今回の事件は、アイドルのファンが、アイドルにプレゼントを受け取ってもらえなかったことに腹を立て、アイドルに暴行し、重体にさせたものである。この事件が発覚した後、ネット上には多くの反響があった。中には、アイドル業界の構造を見直すべきという趣旨の発言もあり、議論を呼んでいる。アイドル業界の構造に対しては、次の観点から検討が可能であろう。第一に、アイドルが商品であるかだ。第二に、運営側が想定しているファンとは何かだ。そして、第三に、アイドルに対するファンの想いは、愛であるかだ。つまり、アイドルが恋愛対象として性的*2に扱われるという状態が見直される時期が訪れているのだ。なお、この記事では、女性アイドルを扱う。

 

アイドルは女の子?

まず、アイドルは女の子かどうかというのは興味深い議論である。たしかに、肉体から判断すれば、彼女らは確実に女の子である。だが、実社会におけるジェンダーとしての女性であるかといえば、そうではない。ファンと握手したり、曲をレコーディングしたりするという役割は一般的な女性の役割ではないのだ。そこで登場するのが、〈アイドル=キャラクターコンテンツ〉説だ。つまり、アイドルはくまモンふなっしーと同様の実写キャラクターなのであり、彼女らの活動は人身売買や、「1人の女性」としての男性へのアプローチではないという説だ。アイドルは、普通の女の子に担当カラーや特徴(キャラクター)をつけることで生産され、アイドルを材料としてCDや番組が制作される。たしかに、アイドルと「恋愛」ができる恋愛ゲームも発売されている。だが、それはあくまでキャラクターと恋愛ができるわけであって、キャラクターになりきっている女性本人との恋愛ではない。

 

もうひとつ反論として考えられるのは、アイドルがブログやTwitterでプライベートを公開しているということだ。アイドルは実家に帰るし、自分の家にユニットのメンバーを友達として連れてくる。しかし、ブログやSNSを通じてファンが体験しているのは、「アイドルが実家に帰ったというストーリー」や「アイドルがメンバーの家にお泊まりしたというストーリー」であって、等身大の女性としての彼女らのプライベートを追体験しているのではない。したがって、ファンがブログを読んだとき、もし、アイドルとデートしている、あるいはアイドルと同じ時間を刻んでいると錯覚したのであれば、それこそ、恋愛ゲームのキャラクターと本当に恋愛しているのだと錯覚しているのと、同じようなものかもしれない。このように、アイドルは、ストーリーの中に生きるキャラクターなのであり、生物学的な、あるいは社会的な性からは解放された存在なのだ。

nlab.itmedia.co.jp

www.huffingtonpost.jp


ファンは恋人?

レコード会社にとって、アイドルのファンは投資家だ。ファンは決して、アイドルの恋人ではない。そもそも、CDの売り上げはレコード会社のものであって、アイドルのものではない。だが、レコード会社はCDの売り上げによってアイドル活動の存続を判断するため、アイドルにとっても売り上げは重要だ。そこで、アイドルはキャラクターとして販売促進活動を行い、売り上げを伸ばす。当然、テレビやラジオなどの番組出演はその一環である。一方、販売促進活動の中で特殊な立ち位置にあるのが、ショッピングモールなどでのライブだ。ショッピングモールを訪れた人であれば無料で観覧できるため、「無銭イベント」と呼ばれることもある。アイドルのライブを観て、CDを買う決意をする人もいる一方、最初から無料ライブを観て特典会*3に参加する目的で訪れるファンもたくさんいる。無銭イベは、初見の人とファンに等しくインセンティブ(特典=握手やチェキ撮影)を用意することで、新規顧客への周知と既存のファンへの(PRと)サービスを両立したイベントなのだ。

 

インセンティブを与えられたことにより、新規顧客は投資を開始し、既存のファンはさらに投資を促進させる。だが、決して恋人に貢ぐのではない。前節で触れた通り、彼女たちは性から解放されているのだ。とはいえ、次のようなことを言う人がいるかもしれない。彼女たちはセクシーな衣装や水着で、いつも俺たちを誘惑しているではないかという反論だ。これも前節の内容でおおよそ説明がつくのだが、セクシーさはあくまでキャラクターであって、1人の女性としての性の表現ではない。ファンはセクシーなアイドルに投資するのであって、セクシーな女性に貢ぐのではない。株に投資する投資家だって、セクシーな下着を販売する会社に投資するかもしれないが、必ずしも性的な(性に関する)欲求からの行動ではないだろう。いずれにせよ、どのようなキャラクターであれ、ファンは投資の対象として好ましいと思ったアイドルに投資するのだ。


ファンはアイドルを愛している?アイドルはファンを愛している?

ファンはアイドルを愛用しているのであって、アイドルに恋愛しているのではない。前節までで確認した通り、アイドルはキャラクターであり、そのキャラクターに対して、ファンは投資するのだ。とはいえ、アイドルの中には、ファンの愛に感謝するという内容の歌詞の唄を歌うものもいる。これは戦後日本の脱宗教教育の功罪と言えるかもしれない*4が、アイドル自身もファンがアイドルを愛することを認めているではないかと批判する人は、〈愛=恋愛)あるいは〈愛=性愛〉だと思っている。我々日本人は、宗教が司っている家族や友人など自分を取り巻く人と育む愛、あるいは自然に対する愛に鈍感である。もちろん、宗教的バックボーンの強い人であれば、そうした意識があるだろう。しかし、残念ながら、大多数の日本人にとって宗教は、戦争やテロを起こす邪悪なものである。そのため、愛に対する観念も希薄であり、結婚や性行為を前提とした異性間の愛*5しか認められていない雰囲気がある。このように、日本は、アイドルに対するファンの愛が恋愛と誤解されやすい環境にある。

 

本題に戻るが、アイドルがファンの愛として想定しているものは、主に次の3つである。ひとつは、キャラクターを好きになり、応援したいと思うことである。もうひとつは、応援してくれることである。そして、最後のひとつは金銭や想いを込めた手紙などの恵みを与えてくれることである。まず、ファンになった人はアイドルを好ましいと思う。これは恋愛対象としない性の(アイドル性のない)ロックバンドを好きになるのと同じであり、恋愛ではない。好ましいと思った結果、応援したいという気持ちが芽生え、愛の実践として応援を発信する。アイドルに対する愛が深まり、「ユニットの活動と一体化したい」「アイドルに同化されたい」と思うようになると、積極的に投資したり、手紙やプレゼントを贈ったりする。ここで問題になるのがプレゼントの種類である。食品は安全性を確認できないし、高級品は税制上受け取るのが難しい可能性がある。あくまでアイドル活動と一体化するものであって、アイドルとして活動している女性と一体化するための貢物ではない。もし、アイドルを恋人だと思っているのであれば、その考えを改め、高級品を贈るのは見送るべきだ。このように、恋愛を前提とした贈り物は、アイドルが求めている愛ではない。それに、物を贈ることだけが愛情の表現ではない。今、ファン一人ひとりが愛の定義について考え、見つめなおすべきときが来ているのだ。

www.akb48.co.jp


例えば、AKB48の公式サイトにはファンレターやプレゼントの送付先と注意事項が掲載されている。

 

このように、アイドルはキャラクターを表現し、キャラクターを愛用するファンから投資を受け、ファンと一体化する存在であった。決して、ファンと恋愛関係を築いたり、性的に消費されたり、貢がれたりする存在ではない。小金井の女子大生刺傷事件から得た教訓を我々は無駄にしてはならないのだ。

*1:女性アイドル刺傷 逮捕の男「プレゼント送り返され憤慨」 | NHKニュース

*2:ここでいう性的はポルノ画像や性的表現により興奮することではなく、その性の特徴を持った存在として意識することである。

*3:最近は握手だけではなく、購入枚数に応じてチェキ撮影やプレゼントを用意していることもある。そのため、特典会と呼ばれることも多い。

*4:宗教的バックボーンがない人の無気力感については以下のサイトが詳しく論じていたので参考として載せておく。→保健管理センターからのお知らせ|秋田大学保健管理センター

*5:最も保守的な考えとして示したのであり、筆者は同性愛に対して批判的ではない。

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