気持ちのサンドバッグ

気になったことを調べて、まとめたり意見を書いたりします。あくまで個人によるエッセイなので、事実関係の確認はご自身でお願いします。

性教育と配慮:男性が女性について知ることは重要なのに大変だという話

「生理する意味」

人間にとって、異性の肉体は未知に溢れている。それをできるだけわかるようにしていくというのが、性教育の役割である。ところが、どうもそういうわけにはいかない。この度、セックスする予定がないのに生理する意味はあるのか、という21世紀にあるまじき発言がネットで誕生してしまった。

 

「生理する意味」自体については、女性の多くが知りたいことと思う。だが、(肉体的*1に)男性と思しきネットユーザーは、女性が月経を自由にコントロールできると思い込んでいたようだ。つまり、「生理する」は「雨漏りする」のような人の意思に関係なく起こるものではなく、「行動主体」によって「起こされる」ものだと想定していたらしい。


(この記事は性に関する内容を扱いますが、基本的に18歳以下の方でも読めるように書いています。)

 

 

 

不十分な性教育

この21世紀にあるまじき発言が誕生してしまった背景にあるのは、発言者が性教育の授業をサボっていたことではない。性について学ぶ十分な機会を得られなかったことである。

 

性教育で何を学んだか

昔の記憶を呼び起こすと、性教育は第二次性徴のときに子どもが怖がらないようにする(自分を守る)という目的が強かったように思う。保健体育の教科書では、男性と女性の全身を描いたイラスト以外では性器は解剖図でしか与えられていなかった。男性にはなにやら精通と射精という現象が起こるらしい、女性には初経と月経という現象が起こるらしいということしかわからなかった。理科の生物分野ではなぜか精子卵子が合体して女性が妊娠するという、ロボットアニメでもあり得ない超絶ギミックが発動する。それが子宮の中で成長して赤ちゃんになる。ここまでで、精子卵子が何であるかまでの説明が終わる。


この中では、少なくとも男子はどうすれば射精が起こるかを習わなかったし、射精や月経が起きたときにどうするのかも当然習わなかった。もちろん、生理用品の存在など仄めかされもしなかった。それでも、TVCMでは大人の女性がオムツのような何かを宣伝している。それで以って、大人になると急に女性の生理に対する理解を求められる。なんとも理不尽だ。男性にとっても、女性にとっても。


まるで、犬というものを見たことも聞いたこともない人に犬の世話を任せるようなものであり、うまくいくわけがない*2。言わずもがな、犬の側にとっても危害が与えられたり、束縛されたりするかもしれない不安がある。もしかしたら、犬にとって有毒なチョコレートを与えられるかもしれないし、散歩をさせてもらえないかもしれない。(訓練を受けていない犬が人間を世話したらどうなるかは言うまでもない。)

 

突然に理解を求められる大人の男性

同じように、男性は勝手な想像で「セックスのときだけ『生理しろ』」とか「トイレで『生理すれ』ばいい」とか、非現実的なことを平気で言えてしまうのだろう。これは良識という不確かなものを持つことを要求する社会の風潮にも原因があるし、生理という現象の存在を周知しなかった世間にも問題がある。


チョウは成虫になった途端、羽ばたくことを覚えるかもしれないが、人間は成人した途端、急に生理のことがわかるわけではない。それに、生理への言及がタブーとされる社会において、生理について積極的に独学したい男性なんていないはずだ。現状、男性にとっての生理はタジン鍋やレモン塩ぐらいの重要度・関心度しかない。それをどうやってティッシュペーパーのレベルまで持っていけるかが、教育の腕の見せ所である。

 

高齢男性にとっての生理

この問題と同時に発掘されたのは、2011年の東日本大震災で避難所の高齢男性が生理用品の救援物資の搬入を拒んだという噂だ。熊本地震のときも一度発掘されたが、また掘り返された。(これが本当だと仮定すると、)避難所の運営の中心にいる男性が生理用品を贅沢品と誤解しており、女性の生理の実態に応じた対応が取られなかった。男女間の無理解がこのような悲劇につながるのだと思うと、なんとも言えない。


ここでの問題は、現状、学校にも会社にも通っていない人に生理について教える術がないことである。テレビは生理用品や頭痛薬のCMまでは流すが、生理が何なのかまでは教えてくれない。NHKなどで生理について扱う情報番組もあるようだが、対象とするのは生理についてよく知っている女性の視聴者だ。そんな番組で男性にも理解してほしいと求めたところで、きっと何も変わらない。真に求められるのは、男性に向けて生理について知らせることであり、男性の無理解を糾弾することではない。

 

知られては困るという声

一方で、「男性に生理について知られては困る」「男性は生理について知らない方がよい」との声も聞かれる。考えられる理由としては、月経周期や生理用品に関するプライバシーが性犯罪やストーカーなどの犯罪に悪用される恐れがあることが挙げられる*3。これは、あらゆるマイノリティに関して考えられることだ。「世間が白杖の意味を理解したら、犯罪のターゲットにされるかもしれない」「LGBTに対する認知が広まったら肩身が狭くなる」など、情報の悪用お節介、あるいはこれまで暗黙の了解だったものが明るみに出てしまうことに関する問題が多い。

 

弱みと特権

我々は自分と違う人々を特別な存在として理解するのではなく、すべての人間が特別なのだということを理解する必要がある。そもそも、女性から見れば男性も自分と違う特別な体の構造を持った存在だ。また、人は誰しも弱みがあるわけで、自分も弱みに付け込まれるかもしれないということを認識しなければならない。男性が一方的に女性の弱みを握っているわけではなくて、女性も男性の急所を知っているし、痴漢などの容疑をかけることで男性を社会的に抹殺することができる。


たしかに人は誰しも特権を与えられていて、それを羨むこともあるかもしれない。だが、同時に弱みもある。つまり、自分が他人の弱みを握っているのだとしたら、自分の弱みもまた誰かに握られているかもしれないという自覚が大切である。いつ自分が弱みを握られるかわからないのだから、他人の弱みに付け込むことはよくない。それがいつか自分に返ってきても自業自得だ。


我々は、その属性の弱みを前提にしている特権もあることを認識すべきである。例えば、障害者年金と、障害者の労働における不利は表裏一体だ。下肢の不自由な人は、車椅子を使わなければ移動できないから、学校でのエレベーターの使用が許されている。女性の生理休暇も、何の根拠もなく設定されているものではない。たしかに公務員などの特権は弱みとは関係ないかもしれないが、人の弱みと結びついた特権の存在も認識すべきだ。

 

お節介、あるいは暗黙の了解の崩壊

男性が生理を知ることで、お節介されたり、生理における暗黙の了解が崩壊したりすることが懸念される。例えば、飲食店で常連のみ知っていた裏メニューが明るみに出ると、店や常連の不利益につながる。つまり、常連だからできていたことができなくなる上、常連だけがそのメニューを食していたことに対する客の不満が生まれ、採算のとれない裏メニューを表に出す必要性が生じる。


これと同じことが起こることが懸念されているのが、トランスジェンダー界隈であろう。つまり、これまで周りに悟られずに性自認の性で暮らしていた人がそれを暴露され、いらぬ配慮をされ、あるいは問題視されてしまう。これが「これまで暗黙の了解だったものが明るみに出てしまうことに関する問題」である。


たしかにマイノリティが認知されることで生きづらさが改善される可能性はあるが、かえって生きづらくなってしまっては問題だ。女性の場合は(女性をマイノリティとして扱うのも億劫だが)、生理のことが男性に認知されるといらぬ配慮をされ、あるいはこれまで女性のみが立ち入りを許されてきた聖域が侵されるかもしれない*4。結果として、かえって生きづらくなってしまう恐れがあるのだ。このように、その他の属性とある程度の距離を保っておかないと、ある属性にとって問題になる場合がある。知られすぎない配慮も必要なのかもしれない。

 

なんかよくわからないけど配慮する

現在「配慮」と呼ばれているものは相手の状況を慮り、気を配ることではない。何だかよくわからないが、妊婦や障害者や高齢者が優遇されている。それが黙認されている。それを「配慮」と呼んでいるだけだ。それは例えば、「妊婦には席を譲らなければいけないらしい」とか「イスラム教徒は学校に弁当を持ってきてもいいらしい」といった、理由の伝わっていない噂である。理由が詳しく教えられていないので、周りの人は上から押し付けられる形の「配慮」しかできないし、それに従えない人は自分が「冷遇」されている怒りを、「優遇」されている人にぶつけざるをえない。


そういうことは勉強したい人がすればいいと言う人もいるかもしれないが、周りが勉強していないときに被害を受けるのは配慮が必要な側だ。もちろん、「配慮」ができている側も、いつ「配慮」を受ける人に不満を感じるかわからない。弱者やマイノリティへの配慮はインテリの教養ではなく、みんなが知るべきことである。

 

理解した上で黙っていろ

以上のように、性教育は異性に対する理解を深めるという役割をうまく果たせていない。性教育では重要なことを教えないのに、大人になったら突然女性の生理についての理解を求められる。その結果、女性の生理に対する男性の誤解が生じる。一方で、理解が広まったら広まったで、今度は悪用や過剰な配慮、あるいは慣習の破綻といった問題が発生する可能性がある。だが、何も知らないことで、男性が女性への特権付与に不満を感じるのであれば、知っておいた方が確実によい。

 

今、世間のほとんどの男性がしている「配慮」は、女性がなんとなく辛そうだということを察して仕事を肩代わりすること、見守ることでしかない。多分、女性の側も生理にはグラデーションがあって、痛みや出血量に個人差があると思う。痛み自体は言語化が難しいかもしれないが、生理が重い人・軽い人の身に具体的に何が起こるかは説明ができると思う。せめてそこだけでも教えることができれば、配慮のできる人が増えていくはずだ。ただ、それを口に出してしまうと、女性が生きづらい社会になっていくと思う。それこそ、ノブレスオブリージュを徹底し、知っているからこそできることを黙って行うということが重要なのかもしれない。

 

あとひとつだけ小言

生理をエロいと思っている人、なんで出血を伴う出来事をエロ目線で見られるんですか? そういう性的嗜好? それとも知識がないの!? 俺的には痔エロいとか言ってるのと変わらないですよ。少なくともリョナ耐性がない自分には無理。っていうか、血が苦手な女性ってかなり辛そう……

*1:この記事では特に断りがない限り、性は肉体的・生物学的性を想定する。

*2:喩えが不適切で申し訳ない。ある存在が別の種類の存在を理解し、交流していく営みの例としてペットの飼育を出したかった。特に、犬は補助犬や警察犬など職業犬として人間を世話したり、助けたりする側面があり、喩えに使いやすかった。決して、女性を男性にとっての犬と形容したいわけではなく、動物程度の存在だと思っているわけでもない。

*3:男性が生理について知りたくない理由として、生理について知っていたら女性から気持ち悪がられそうという意見もあるようだ。生理は性に関するやましいことという考えが先行し、生理中の女性をいたわることができなくなっているのは問題だ。

*4:例えば、男性が女性の生理に関する話に土足で踏み入ることは違和感がある。それから、生理を理由にした体育の見学など、これまで黙認されてきた慣習にメスが入るかもしれない。