(過去の記事を編集して、再投稿したものです。)
人は弱い立場の人について意外とよく知らない
京都の妊娠生徒問題が大きな話題になっている。
この記事では、なるべく個別の問題に踏み込まずに、Twitterを見る限り多そうだと思った誤解や勘違いにツッコんでいく。
なお、私は法学の専門家ではない。
むしろそっちの方が勘違いだと思ったことに関しては、はてブコメとかTwitterへお願いしたい。
×復学させてもらえるだけ幸せ ◯不幸
たしかに、妊娠した罰として学籍を奪われるよりはマシな対応だ。
しかし、復学は難しい。
イギリスのある調査では、学校に戻りたいと願う女性は半数に過ぎなかったという*1。
学校に行くこと自体は、彼女達の将来の可能性を広げるために、非常に賢明な選択だ。
しかし、子どもを持つ彼女達が学校に行く決意を固めるには時間がかかるし、実際に学校に行ったところで、周りに馴染めるかはわからない。
そうしたことが彼女達を教育から遠ざけているようだ。
これはイギリスに関する研究だが、日本にも通用すると思う。
×胎児を守った学校側の処分は英断 ◯愚断
リプロダクティブ・ヘルス/ライツは妊婦とパートナーの権利であって*2、学校や社会が妊婦に押し付ける規範ではない。
妊娠した女性が学校に通うこと(妊婦の社会生活)に関して助言をすることを許されても、最終的にどうするかを決めるのは、女性自身だ。
我々に信教や思想・良心の自由がある限り、カップル(もしくは強姦された女性など)以外がそのカップル(女性)の避妊や中絶に関してとやかく言う資格はない*3。
今回の案件で学校は母体の保護の義務を果たしたという見方もあるが、母子保健法*4で母性の健康の保持・増進の直接的義務を負うのは市町村なので、府立高校には明らかに拘束力のある助言を行なう必然性がない。
一方で、生徒の健康を守るという立場からは、学校保健安全法*5の適用が考えられると思う。
第9条では生徒の健康について養護教諭らが必要な指導を行い、保護者に対して必要な助言を行うことが定められている。
ただし、これは「養護教諭その他の職員」が「相互に連携して」行うものだ。
もし、副校長らが独自に判断し、生徒に指導するのであれば、信頼性もないし、問題になる。
いずれにしても、今の制度では学校に「母体の保護の義務」はなく、保健指導の制度を利用するしかなさそうさ。
×出席日数が足りないのだから原級留置は仕方ない ◯配慮されるべき
例えば、アメリカの制度では、妊娠や出産に関する医療的な事由で妊婦の出席が停止することに対して配慮をすることになっている*6。
ただ外国の事例を挙げるだけでは誤謬になる。
もう少し突っ込んだ話をすると、アメリカも日本の教育基本法と同様、差別を禁止する規定がある。
教育改正法第9編(TITLE IX)と呼ばれるものだ。
No person in the United States shall, on the basis of sex, be excluded from participation in, be denied the benefits of, or be subjected to discrimination under any education program or activity receiving Federal financial assistance. . .
20 U.S. Code § 1681 - Sex | US Law | LII / Legal Information Institute
つまり、アメリカにいる人々は性によって差別を受けることがあってはならない。
なぜこの性差別禁止規定が妊娠に関係するかというと、連邦規則集という実施細則によって概念が拡大されているからだ。
教育における性差別をなくすための細かいルールの一環として、妊婦や親の地位にある人の教育について示しているわけだ。
ちなみに、TITLE IXのメインは、スポーツへの参加における男女平等のようだ。
20 U.S. Code § 1681 - Sex | US Law | LII / Legal Information Institute
妊婦という(後天的な)アイデンティティである以上避けられない欠席については、配慮してもよいのではないだろうか?
×高校は義務教育ではない。教育を受ける権利が侵害されたとは言えない ◯言える
日本国憲法第26条第1項の教育を受ける権利は義務教育を受ける権利ではなく、広く教育を受ける権利だ。
教育基本法第3条の教育の機会均等に関しても同様だ。
兵庫県の事例*7では、信仰上、武術を習うことができない生徒が代替手段を認められず、進級できなかったこと、退学を迫られたことに対して、学校の裁量権の逸脱であるという判決が下った。
学校教育において剣道を履修する必然性がないのにもかかわらず、代替手段の提供を拒否したことは、教育を受けたいという原告の想いを踏みにじるもののようだ。
妊娠で体育の実技ができないために卒業を認めないのも、同様に、裁量権の逸脱であると考えられる。
すでに各機関が指摘している通り、他の生徒と同じ競技をする必要もなければ、そもそも無理に実技をする必要もない*8。
このように、教育機関には、その人の求める教育を提供する責任がある。
ところで、神戸の裁判には、義務教育でなくても教育を受ける権利が認められるという内容の判断が含まれている。
確かに、神戸高専における教育は、義務教育ではなく、学生がその自由意思によって入学してくるものではあるが、神戸市が前記設置目的に従って設置した公の教育施設であって、広く授業その他施設の利用について門戸を開放しているのであるから、神戸高専は、入学を認められた学生に対して、右設置目的に沿って可能な限り、予定されている授業を受けるなど施設利用について十分な機会を与えるための教育的配慮をする義務があり、これが教育基本法1条、2条及び右設置目的の趣旨にかなうものであると解せられるから、義務教育でないからといって、右教育的配慮をする必要がないということはできない。
これは同じく京都の府立高校にも言えることで、いわば「公の教育施設*9」なら、どこでも教育の機会均等や教育を受ける権利の保障に努めなければならないということだ。「義務教育じゃないんだから」は通用しない。
×教育の機会均等に鑑みて、他の生徒と同じことを行なうべき
前節と重なるが、我々は「能力に応じてひとしく」教育を受けられる。
例えば、水に潜れないからといって、水泳の授業を受けることができないということはない。
ましてや、この世には目が見えないので教科書が全く読めないという人だっている。
私の卒業した国際基督教大学*10でも、学生の有志が協力して、テキストを点字に変換していた。
このように、能力に合わせて、自分にあった教育が受けられるというのが教育の機会均等だ*11。
*1:
pp.58-59. リンク先はPDF。
*2:リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは - 家族の性と生を考えるプロジェクト
*3:外野には意見を述べる資格があるが、カップルは自分たちの信仰に基づいて避妊や中絶をすることができる。
*6:34 C.F.R. Part 106 連邦規則集第34編副編B副部A
*8:妊娠生徒の学業継続支援=体育実技しなくてOK-文科省:時事ドットコム
私立を含む。
*10:ちなみに、国際基督教大学では、体育が一部必修(基礎的な体育実技)、一部選択必修(球技や武術など)になっていたが、その人の身体の事情を鑑みて特殊体育を受けることができた。