白杖ユーザーへの嫌がらせについて思うこと
目の不自由な人がどのような景色を見ているかについてのツイートが話題になっている。
それに関連して、視界が限られているが全盲ではない人へ詐欺だなどと言いがかりをつけたり、白杖を取り上げたりするケースがあるという報告も上がっている。
これは以前から指摘されている問題だが、そのツイートを発端に再び議論が加熱しているようだ。
書いた人(2017/5/15 23:40追記)
ここで筆者のポジションを説明しておく。筆者は健常者であり、眼鏡は着用しているが視覚障害はない。
中学・高校時代に学校で視覚障害者の講演を聞いたが、あまり覚えていない。
以前、タクシー乗車拒否の問題で盲導犬のことを調べていたが、白杖の問題に触れるのは今回が初めてだ。
おことわり(2017/5/16追記)
記事を公開した後で重大な認識不足に気づいたので、視覚障害者が白杖を使えないことについての話を別の記事に書いた。
この記事を読んだ後でそちらにも目を(もしくは耳を?)通していただきたい。
続・視覚障害者の白杖は特権ではない 義務だ〜白杖の現状と課題〜 - 気持ちのサンドバッグ
白杖とは
白杖は視覚障害者などが自分の置かれている環境を把握し、危険を回避し、その上で自分が視覚障害者であることを周囲に明示するための補装具である*1。
白杖は誰でも使えるというわけではなく、法律で使用者に関する規定と該当者以外の使用禁止が定められている。
第十四条 目が見えない者(目が見えない者に準ずる者を含む。以下同じ。)は、道路を通行するときは、政令で定めるつえを携え、又は政令で定める盲導犬を連れていなければならない。
2 目が見えない者以外の者(耳が聞こえない者及び政令で定める程度の身体の障害のある者を除く。)は、政令で定めるつえを携え、又は政令で定める用具を付けた犬を連れて道路を通行してはならない。
(以下略)
第八条 法第十四条第一項 及び第二項 の政令で定めるつえは、白色又は黄色のつえとする。
(中略)4 法第十四条第二項 の政令で定める程度の身体の障害は、道路の通行に著しい支障がある程度の肢体不自由、視覚障害、聴覚障害及び平衡機能障害とする。
5 法第十四条第二項 の政令で定める用具は、第二項に規定する用具又は形状及び色彩がこれに類似する用具とする。
結論から言えば、詐欺呼ばわりは立派な名誉毀損もしくは侮辱であり、訴えられれば罪に問われる可能性が高い。
白杖ユーザーは法的根拠を以って白杖を使用しているのであり、全盲以外は持つ権利がないわけではない。
間違えてはならないのは、彼らにとって白杖または盲導犬を連れることは義務であり、特権ではないことだ。
警察官が制服を着なければならず、一般市民が警察官の制服を着てはならないのと同じである。
そう考えれば、視覚障害者らは義務を遂行しているのであり、それを妨げている彼らこそ薄情者だ。
なぜ健常者が白杖を持ってはならないのか
健常者が白杖を持ってはならないのは、社会に必要以上の負担を強いる可能性があるためだ。
前述の通り、健常者が白杖を使ってはならないことは法律で定められている。
これは視覚障害者を守るためのルールであり、配慮が必要な人をラベリングするためにも重要である。
それに加えて、その配慮が必要でない人にその配慮をしないための区別という側面もある。
例えば、視覚障害者らは道路の通行において圧倒的な弱者となることから、車の運転者にはそれらの人々に対する配慮が義務付けられている。
二 身体障害者用の車いすが通行しているとき、目が見えない者が第十四条第一項の規定に基づく政令で定めるつえを携え、若しくは同項の規定に基づく政令で定める盲導犬を連れて通行しているとき、耳が聞こえない者若しくは同条第二項の規定に基づく政令で定める程度の身体の障害のある者が同項の規定に基づく政令で定めるつえを携えて通行しているとき*2、又は監護者が付き添わない児童若しくは幼児が歩行しているときは、一時停止し、又は徐行して、その通行又は歩行を妨げないようにすること。
道路交通法第71条第2項
道路という場所柄、健常者が紛らわしい格好をしてしまうとその円滑な運行が阻害されてしまう。
経済の大動脈であり、緊急車両が通ることもあるライフラインである道路において、配慮が必要な人と見紛う格好をしたり、障害者を装って悪ふざけをしたりする行為は看過すべきではない。
ところで、白杖ユーザー・補助犬*3ユーザーは視覚その他の障害者であることを理由に、介助を受けることができる。
先ほどの警察の例を考慮すれば、白杖を使って身分を偽るなどの悪用が懸念される。
例えば、障害者だけが受けられる公共サービスを受ける、視覚障害者と偽って女性に近づき乱暴するなど、障害者の権利を濫用することが考えられるのだ。
そんなことをされてしまっては、本当に障害を持っている人への誤解が強まり、障害者がとばっちりを受けることになる。
ただし、障害には種類や程度の違いがあり、視覚障害者だから全盲というような偏見を持ってはいけないことを指摘しておく。
本当は障害を持っていない人と軽度ながら障害を持っている人、部分的に障害を持っている人、重度の障害を持っている人は区別されるべきだ。
いずれにしても、視覚障害者の義務であり、健常者の禁忌である白杖を悪用する輩がいるとすれば、それは許されることではない。
なぜ視覚障害者は白杖を持つのか
視覚障害者が白杖を持つ最大の理由は、健常者と同じ空間で生きていくためだ。
そもそも、視覚障害者らは歩行時の身体のバランスを補うために白杖を使う。
定義に書いたように、視覚障害者は健常者と違い、視覚によって方角や周囲の環境、身体の傾きなどを把握することが難しい。
その不足を補うために白杖を使用する。
地中や深海には視覚以外の感覚を使って餌を獲る生き物がいるが、理屈としてはそれらの生き物と同じである。
つまり、聴覚や触覚を使って周囲の環境を把握し、安全に移動する。
もちろん、買い物(=狩り)もするわけで、目が発達した種類の人間と対等に競争する上では当然の権利と言えるだろう。
ここで、杖を持っているだけでは感覚は発達しないのではないかという疑問が出てくる。
これについては安心してほしい。つまり、白杖ユーザーは基本的に歩行訓練を受けている(受けていない人の方が多いという指摘もあるので、一旦訂正し削除。2017/5/15 23:20)*4。
そのため、白杖ユーザーは環境を把握するためのスキルをある程度持っている。白杖ユーザーが普段、”何もない”ところで事故を起こす危険性は低いはずだ。(2017/5/16削除)
まさにその通りで、実は訓練を受けずに白杖を使っている人もいる。
それから、視覚障害者への偏見の目を避けるため、または自分は目が見えるという自尊心から、白杖を使わず、盲導犬も連れていない視覚障害者もいるようだ。
そんな人がいる中でも、訓練を受けて白杖を使っている人がいるのは事実で、そうした人たちは長い期間訓練や自主練習をして、巧みな技術を身につけている。(2017/5/16追記)
問題は、通常と違う環境になったせいで事故が起こってしまう場合があることである。
つまり、障害物や人とぶつかるなどし、転倒して方向がわからなくなったり、あるいは介助者の不手際でいつもと違う場所に出てしまったりしたときに、電車のホームに転落することがあるようだ。
路上駐車された自動車にぶつかってしまうという話もよく聞く。
そうした事故を防ぐためには、周りにいる健常者が白杖ユーザーの声に耳を傾け、あるいは危険を知らせていく必要がある。
白杖があるから周囲は視覚障害者の存在に気づくことができるのであり、彼らのために配慮ができるのだ。
白杖の目的
最後にまとめると、白杖は
- 段差などの環境を聴覚や触覚で感じ取るため
- 危険を回避するため
- 周囲に視覚障害者であることを知らせるため
のデバイスである。
白杖が弱者の目印になってしまう問題
逆に、白杖を持っている人への嫌がらせや暴行があるという話もある。
つまり、白杖が弱者(弱いもの)を表すラベルになってしまい、視覚障害者が弱いものいじめ(もっとフォーマルな言葉で言えば、迫害)の的になる場合があるのだ。
その原因のひとつが白杖ユーザーが全員全盲であるという誤解から来る「偽障害者」への「正義の鉄槌」なのだが、原因はそれ以外にもあると考えられる。
この問題の原因はさておき、白杖を持っていると人に襲われるというのは憂慮すべき事態だ。
マタニティマークをつけた妊婦が電車内で襲われる問題*5とも似ているが、日頃の鬱憤を弱者に向けるとか、自分が気に入らない存在に対して嫌がらせをするといった行為は絶対にやめてもらいたい。
彼らにとって白杖を使うことは義務であり、また、白杖や盲導犬がいないと外をまともに歩けない。
マタニティマークと違い、白杖を隠すことで済む問題ではないので、健常者側が視覚障害者のことをよく知り、受容していく必要がある。
*1:8.白杖(はくじょう)を使用するにはどうしたらいいですか | 中高年からのロービジョンケア | 目についての健康情報 | 公益社団法人日本眼科医会
*2:引用者注:横断歩道の横断に限らず、視覚障害者が歩道や路側帯から外れてしまうケースも考えられる。また、歩道や路側帯に駐車されている車のせいで止むを得ず車道や路肩に出なければならない場合もあるようだ。
*3:盲導犬、聴導犬、介助犬の3つを合わせて補助犬と呼ぶ。セラピードッグはこれに含まれておらず、公共施設など(タクシーなどの公共交通機関も含む)への立ち入りなどの特例を受けることはできない。逆に、それ以外の施設は原則補助犬を受け入れなければならない。
*4:8.白杖(はくじょう)を使用するにはどうしたらいいですか | 中高年からのロービジョンケア | 目についての健康情報 | 公益社団法人日本眼科医会