「学術書を読むのは男性」復刊サービスが炎上
あなたは、自分の生まれ持った属性(人種、性別、出身地など)を理由に意見を聞いてもらえなかったら、どう思うだろうか?
現在、絶版された書籍などを復刊して売る会社のインタビューが問題視されている。
アーカイブサイト(元記事は削除済み):
残念な事実:特定の層の声を軽視
この会社のサイトは建前上、ユーザーの要望が多かった本を復刊する。
しかし、今回のインタビューで残念なことが分かった。
たとえ要望が多かったとしても、実際の購買力・意欲がないと思ったユーザー層の声は信じていないらしいのだ。
ゲームに登場した偉人。
会社の担当者は、その関連書籍の名前を挙げ、要望を出したユーザー達が好むとは考えられないと断罪した。
中年男性が比較対象に挙げられており、単価が高い復刊本を買うのは男性だと決めつける発言もあった。
女性やソーシャルゲーム由来の要望は軽視(ひいては無視)していることが示唆されていた。
(女性だと断定できる理由については、後述する。)
こうした発言が本当のことだとしたら、企業はユーザーからの信頼を失うだろう。
絶版された本をユーザーの投票で復刊する会社のインタビュー記事があった。
ユーザー投票において、女性やソーシャルゲームユーザーの票を軽視していることを示唆する発言があった。
問題視されている理由:女性蔑視
女性の役割の決めつけ
この情報だけだと、「ビジネス上当たり前のことだ」「売れないものを商品化する必要はない」とも思える。
しかしながら、会員への女性差別的なお詫びメールが火に油を注いでいる。
謝罪文のスクリーンショットが読める記事:
【追記】復刊ドットコムの編集部長に怒る人々 - Togetter
謝罪文の中には、「女性差別の意図はない。女性会員が票を多く投じている児童書や実用書ならたくさん復刊している」という内容の弁明があった*1。
たしかに、本当に児童書を好きで読んでいる女性もいるとは思う。
だが、日本で父親のネグレクト(育児放棄)が問題になっていることを踏まえると、女性差別の意図はむしろ強調されてしまう。
そもそも、元のインタビューでは「若い方」は女性だと明言していないが、謝罪文では女性と明言している。
女性ユーザーを傷つけたことは、会社側もわかっていたようだ。
女性の購買力の軽視
女性の賃金が男性に比べて低いのは事実だが、購買力が低いとまでは言えない*2。
例えば、実在の日本刀をモチーフにした男性キャラクターが登場する女性向けゲーム「刀剣乱舞」の影響力はすさまじい。
- 中年男性向けだった日本刀の専門書が若い女性に大ヒットする
- 過去に火事で焼けた日本刀が新たに再現される
- モデルとなった刀の展覧会で4億円の経済効果が見込まれる
など大きな盛り上がりを見せている*3。
歴史上の偉人をモデルにしたキャラクターが登場するアプリゲーム「Fate/GrandOrder」。
ここでも、モデルとなった男性の伝記が売れているという*4。
女性の購買力が低いというのは思い込みだ。
専業主婦が普通だった時代、女性には経済力もなく、教養も身につけづらかった。
今、女性の大学進学率は急激に上がっている*5。
百歩譲って、数万円の学術書を衝動買いできる経済的余裕がなかったとしても、学術書を理解できる女性は増えている。
実際に日本刀や歴史の学術書を買っている女性もいる。
それでも、女性は信頼できない層なのか?
謝罪文に女性の役割を決めつけるような表現があった。
担当者は学術書を買うのは男性だと断定していたが、女性が専門書や文化のために投資している現実がある。
どうすればよかったのか?
決めつける発言はやめよう
今回の騒動には学ぶべき点が多くある。
第一に、特定の層への批判にならないような発言にすべきだった。
「投票数があっても実際に売れるかはわからない」という情報が重要なのであって、若者やゲームを引き合いに出す意味はなかった。
事前に回答を社内で共有することはできなかったのか?
それとも若い人やネットゲームユーザーは信用できないというのが会社の総意なのか?
従業員個人の予想や感想ではなく、実際に投票数の多い本が売れなかった事例を紹介すべきだった。
事実に基づく根拠を示せばよかったのだ。
根拠のない批判はただの罵倒である。
もし実際に、従業員の感覚だけで若者や女性の意見が否定されていたのであれば、残念なことだ*6。
謝罪の仕方を学ぶか、プロに任せる
世間の赦しを得られる謝罪文・謝罪スピーチを作るためには、勉強やプロの助言が不可欠だ。
会社は火に油を注ぐ謝罪をしてしまったが、その謝罪文は誰かに添削してもらったのだろうか?
メールで送ったとされる謝罪文の大部分は不快感を覚えづらく、よい文だと思う。
しかし、女性会員を差別するつもりはなく、児童書や実用書をたくさん復刊しているという箇所が全てを台無しにしている。
今回の謝罪の趣旨は
- 女性会員を差別する内容の発言をしてしまったこと
- それによって女性会員を不快にさせてしまったこと
にある。
メールを作成した部署の人は内容の矛盾に気づけなかったようだ。
世の中には謝罪のマナーに関する本や、謝罪を専門とするコンサルタントも存在する。
当該企業は女性差別的な発言を真に反省した上で、謝罪文の書き直しなどを検討するべきだ*7。
ジェンダーに関する認識をアップデートする
女性に対する差別的な考えや事実誤認が問題視されている。
ジェンダーに関する差別や偏見は無意識のうちに根付くため、社内研修などで直していく必要がある。
そもそも、女性が意思決定の場にいないと、間違っていても声を上げられない。
あなたが学校を休んでいるときに決められた文化祭の出し物、修学旅行の部屋割り、席替えの席。
女性のいない部屋で意思決定がされているとき、あの屈辱を味わっている人が35億人いるかもしれない。
- 修学旅行の部屋割りで嫌な奴と一緒になっていたら、あなたはどうする?
- 絶対に反対していたであろう出し物が、クラスの出し物になっていたら、あなたはどう思う?
- 目が悪いので前の方の席にしてほしかったのに、その選択権を与えられなかったら、あなたは困るだろう?
女性に発言権・議決権がないとき、そのようなことが日常的に起こる。
男性が「女性のため」を想って決めた、女性のためにならないこともまれによくある*8。
そうならないためにも、女性経営者・女性管理職の育成が求められている。
根拠のない批判は人を傷つける。予想や決めつけをせず、実際のデータを出そう。
的外れな謝罪をしないために、謝罪の仕方を再検討するべきだ。
セクハラ研修を開いたり、管理職に女性を置いたりして、女性への間違った偏見によるトラブルを防ぐ必要がある。
多様性のない空間が意味すること
女性を中心とするチームが開発した軽自動車がヒットしている。
勝因は「カワイイ」を捨てたことだ。
従来女性向けに売っていた車は、女性を意識し、「女の子らしさ」を盛り込んでいた。
代わりに出したシンプルなデザインには、男性管理職の反対が根強く、説得に苦労したという。
ビジネスにおける他人目線のワナ
これは女性性からの解放だけの話ではない*9。
男性ばかりのチームでは女性や若者、ひいては世間のトレンドの変化に気づけなかったのである。
近年、余計な機能をつけないシンプルな白物家電が売れている。
女性のファッションも、無理をしないありのままのファッションが好まれているようだ。
そんな中で、「女の子らしさ」を盛った車はヒットしえなかった。
男性だけの部屋で女性を定義するのは、ビジネスにとってマイナスといえよう。
参考:
「女性ってかわいいものが好きでしょ」、おじさんたちの固定概念を覆す - MONOist(モノイスト)
ダイハツ、新車で「カワイイ」を封印した理由 | 軽自動車 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
当事者ではないという意識
固定観念や決めつけが、売れない商品・サービスの生産につながる。
これはビジネスの対象となるあらゆる層に言える。
自分が当事者でないのであれば、「自分はこうだから」「◯◯はこうあるのが当然だから」という考えを押し付けないようにしたい。
一方で、非対象層には、対象層のニーズを客観的に見られるという側面もある*10。
議論の場には、対象層以外の人も参加すべきだ。
いずれにしても、職場の多様性というのは、よい商品・サービスを作るために重要である。
*1:筆者は会員ではなく、メールを受け取っていない。ネットに上がっている画像は改変の可能性があることをご容赦願いたい。
*2:参考:平成29年賃金構造基本統計調査 結果の概況|厚生労働省
*3:『刀剣乱舞』ファンがこの3年間で巻き起こした覇業を振り返る。107万円の公式Blu-Rayに約70件の申し込み、刀1本の展示で経済効果が4億円、幻の日本刀復元に4500万円を調達!
「山姥切」展、経済効果4億円 足利市立美術館、入館者最多3万7820人 栃木 - 産経ニュース
*4:「岡田以蔵」伝記が突如売り上げ増 ゲーム「FGO」登場で...たちまち3刷に : J-CASTニュース
*5:男女共同参画白書(概要版) 平成29年版 | 内閣府男女共同参画局
*6:もちろん、数字が出た背景を考慮しないと、差別発言につながる。上の児童書の例のようなこともありうる。
*7:博多高校の暴力事件、校長の謝罪文で炎上 謝罪時に気をつけたいこと │asQmii[解決!アスクミー] JIJICO
ある高校では、生徒への暴力が問題だったのに、生徒がそれを動画に収めて投稿したことに論点をすり替えた謝罪会見が問題になった。
責任逃れのための弁明は謝罪とは言えない。
*8:女性社員へのその配慮、実は“余計なお世話”です (1/2) - ITmedia エンタープライズ
「女性のため」と言いつつも、それは男性のエゴで、実際には女性差別になっている場合もある。
例えば、女性という理由で優しくしたり、男性と違う扱いをするのは、女性差別になりかねない。どんなに言い方が優しくても、それが意味することは「お嬢ちゃんには無理だ」である。
女性が弱いこと、能力で男性より劣ることを前提にするのはよくない。
ちなみに、「女性のため」を掲げた商品もセクハラ・女性差別になりうる。「女性でも使いやすい」などの表現は「どなたでも」に言い換えたほうがよいそうだ。
実際に、アカチャンホンポがパッケージから「お母さんを応援」という文言を削除した。
*9:トレンドがカワイイから離れたこと自体は、女性らしさの押し付けとは関係ない。「カワイイ」を盛ることは女性を中心に流行ったのだが、今の女性のトレンドは違うという。派手すぎて乗りたくないという女性もいたし、家族で乗り回しづらいという問題もあった。