気持ちのサンドバッグ

気になったことを調べて、まとめたり意見を書いたりします。あくまで個人によるエッセイなので、事実関係の確認はご自身でお願いします。

語彙力が低下すると言葉の暴力が強くなる件について

子どもでもわかるヘイトスピーチ!?

先日、スペインでトランスジェンダーに関する宗教的な思想の宣伝をしたバスが運行を差し止められた。そのバスに書いてあったのは、次のような言葉だ。

 

 

Los niños tienen pene. Las niñas tienen vulva. Que no te engañen*1.

「男の子には男性器があり、女の子には女性器がある*2」「君たちは騙されてはいけない」*3

 

Si naces hombre, eres hombre. Si eres mujer, seguirás siéndolo*4.

「もし男性として生まれたのなら、それがあなた。女性として生まれたのなら、いつまでもそうであり続ける*5

 

これらは、基本的な文法を使って簡潔に書かれていて、スペイン語初心者でもなんとなく読める簡単な言葉だ。しかも、人称代名詞が「あなた」ではなく「君」になっていて、最初の文の主語は「男性」「女性」ではなく「男の子」「女の子」になっている。イラストからも明らかだが、確実に子どもや若者に向けたメッセージだ。


我々としては、『けものフレンズ』で「わーい」「たのしー」となっていた矢先の出来事で、非常に衝撃的だった。世界的な語彙力低下でIQが溶けた結果、このような発言が出てきたとしたら、とても残念だ。

 

なぜヘイトスピーチになるのか

さて、なぜこれがヘイトスピーチになるかといえば、トランスジェンダーの存在を否定しているからである。今回の差し止めも、トランプ大統領の出した大統領令トランスジェンダーの権利が注目を浴びた後での措置だった。これを作った団体側は、生物学的な事実を書いているだけだと反発しているようだが*6、今の時代、この状況で内容を吟味すれば、差し止めになるのも当然と言えるだろう。


いずれにしても、語彙力が低下した状態で発する言葉にこのような危険が潜んでいるなど思いもしなかった。我々は平易な言葉について見つめ直す必要がありそうだ。今回は、そうした平易な言葉の特徴について考えていきたい。

 

 

意味の幅広さ

簡単な言葉ほど意味が幅広い。そのため、我々は何かを説明する際、意味やその指し示す範囲が曖昧で困ってしまうことがある。例えば、「頭が痛い」というとき、どの部分がどのように痛いかで症状も診断も変わってくる。医師が聞き取って初めて頭痛の内容がはっきりしてくるわけだが、もしかしたら意図が間違って伝わるかもしれない。


このように、簡単な言葉は文脈や説明によって限定していかなければ、意味が幅広くなってしまうのだ。逆にいえば、指し示すものを限定せずに内容を多種多様にすることもできる。”Make America Great Again.”がその最たる例だ。「アメリカをもう一度偉大にする」という意味だが、Greatは「大きい」とか「素晴らしい」という意味も持っている。”Make America Great Again.”は経済や学問、軍事など様々な部分でアメリカを成長させてくれることを示唆する言葉だ。このように、平易な言葉を使うと、幅広い内容を表現することができる。

 

言葉の重さ(寄り道)

ところで、トランプ大統領は簡単な言葉を使って発言をする。そうすることで幅広い層を取り込むことが可能だ。一方で、言葉が場や内容に不釣り合いになることは否定できないだろう。つまり、重要な内容が重要に聞こえなくなるかもしれない。あるいは、不真面目だと捉えられかねない。


もし言葉というものに重さがあるとしたならば、発言者はそれを軽量化していかなければならない。簡単な言葉には多くの不必要な情報が載っているのだ。そこから不必要な情報を抜かないと、キャッチした相手が言葉から好きな部分を抜き取って、新たなボールとする可能性がある。つまり、相手は発言の意図を含め、言葉を恣意的に解釈してしまうだろう。逆に、投げつけられた大きな言葉で相手は怪我をするかもしれない。相手が安全にキャッチできるような適切で難しい言葉を選ぶことも時に重要だ。

 

意味のわかりやすさ

当たり前のことだが、平易な言葉を使えば、意味がわかりやすくなる。例えば、塗装された塀に触ってほしくない時、「ペンキ塗りたて」という張り紙をすれば、触る人は少なくなる。間違っても、塗料の種類や乾燥にかかる時間、その科学的メカニズムを延々と書き綴って掲示することはしないはずだ。


我々はこうした簡単な言葉を使うことで、老若男女に確実にメッセージを伝える。だが、簡単な言葉を濫用すると、冒頭のような差別的な教訓を子どもに刷り込むことも可能だ。あるいは、『けものフレンズ』の「すごーい!あなたは◯◯なフレンズなんだね!」という優しい言葉も、使い方によっては侮辱や煽り文句に豹変する。そもそも、簡単な言葉とは知性や専門性に欠けた言葉でもある。大人に対してそうした言葉を使うなら、ナメられていると捉えられても仕方ないだろう。


間違った使い方をすれば、簡単な言葉は人を傷つけ、時には偏った思想を植え付ける。簡単な言葉には、柔らかい、優しい感じがするものもあるが、全てがそうした言葉というわけではないのだ。

 

語彙力は大事

我々は世界中で語彙力が低下している現状を見つめ直さなければならない。言葉は誤解され、人を傷つけ、時に悪用されるのだ。だが、私たちは悪用されない簡単な言葉を知っている。

 


I have a pen. I have an apple. Ugh, apple pen. (ピコ太郎, 2016年)


この言葉には特にメッセージは含まれておらず、どの文脈で引用しても意味は変わらない。簡単な英語なので世界中の老若男女が覚えることができ、真似をすることができる。もちろん、有名歌手が広めてくれたおかげで有名になったわけだが、この言葉が繋いだ笑顔の輪はとても大きいものだ。このようなみんなが笑顔になれるような言葉であれば、いくらバスの車体に載せても構わないだろう。

 

でも、語彙力も大事だ。「つらい」と「それな」という2語に過大な負担をかけるような人になってはならない。そんな言葉はきっと擦り切れて意味をなさなくなる。「つらい」や「それな」に変わる密度の低い言葉を考えようではないか。

 


ごきげんよう