死亡事故の背景にある情報リテラシーの問題
2019年10月。
富士山で男性らしき人が滑落し、死亡した可能性が高まっている。
夏以外の時期は危険なため、富士山は閉山している。
にもかかわらず、登ろうとして死亡するケースは後を絶たない。
今回の事例では、当人(以下、投稿者)が動画を生配信していたため、大衆の注目を浴びた。
この事故について、ネット上では男性の軽率さを非難する声が根強い*1。
だが、これは「軽率」という言葉で片付けられない問題だと、私は考える。
投稿者は「富士山に登るべきではない」という情報を得られなかったのだ。
情報収集のプロセス
一般的にいえば、富士登山のプランニングは富士山を知ることから始まる。
すなわち、情報収集だ。
まず、「富士山って何?」という疑問から、富士山の概要を調べていく。
例えば……
- どこにあるのか?
- 何からできた山か?
- 高さはどれくらいか?
それから、富士山を登山するときの注意点なども知りたい。
例えば……
- 気候はどんなか?
- 何を着ていくべきか?
- どんな装備が必要か?
投稿者が冬山用の装備を持っていなかったのではないかという指摘もある。
仮にそうであれば、上記のような情報を持っていなかった可能性が高い。
(以下、情報を持っていなかった前提で、話を進めていく。)
情報リテラシー:調べる能力
投稿者に十分な情報リテラシーがあれば、この悲劇は防げた。
「ネットリテラシー」という言葉は聞いたことがあるだろうか?
インターネットを正しく使う能力のことだ。
でも、富士山の場合はネット以外からも情報を得られる。
今回は、より広い概念の「情報リテラシー」の問題だと捉える。
投稿者は情報の手に入れ方がわからず、それどころか情報がないことにすら気づかずに、富士山に登ったかもしれない。
富士山で生配信中の投稿者が滑落し、死亡したとみられる。
投稿者は富士山・登山について、十分な情報を持っていなかった可能性が高い。
軽率ではなく、情報リテラシーがなかったのではないか?
ネット以外にもさまざまな情報源
富士山の情報があるのは、ネットだけではない。
視覚からの情報:本、ビデオ、写真
書店や図書館に行けば、富士山に関する本や雑誌がある。
一部の図書館には、富士山に関するビデオも所蔵されている。
写真集などを眺めながら、富士山に思いを馳せるのもよいと思う。
それこそ、富士山や登山を解説するネット動画もある。
活字が苦手な方には、そうした映像をぜひおすすめしたい。
聴覚からの情報:ラジオ、口コミ
音声がよい場合は、富士山に関するPodcastなども各所に転がっている。
登山シーズンであれば、情報を伝えるラジオ局もあるが、今回は当てはまらないだろう。
周囲に富士山に登った経験者がいれば、話を聞くのもよい。
ネット上の知らない人の情報より信頼できる。
このように、私たちは五感を使って、さまざまな情報を得ることができる。
これは富士山以外の、世の中のあらゆるものにも言えることだ。
情報はインターネット以外にもある。
五感を駆使して、さまざまな情報を得られる。
情報リテラシー教育の不足:調べるという知識がない
今、このブログを読んでいる人の多くには、ある程度の情報リテラシーが備わっている。
なぜなら検索でここまでたどり着いたからだ。
でも、世の中には検索するという発想がない人がいる。
彼ら・彼女らは、検索する・調べるということを教わらなかったのである。
「平均的な情報収集能力」という思い込み
「いやいや、若い人たちは学校で検索の仕方を学んでいるじゃないか?」
そう思っている人は、傲慢かもしれない。
情報教育には格差があり、検索が定着していない場合もある。
例えば、2006年には全国の12.3%の高校で、情報科の履修もれがあったと発覚した*2。
つまり、情報科を教えていない高校が1割近くもあった。
当時高校生だった人たちは十分な情報教育を受けていないかもしれない。
あるいは、地域間格差も考えられる。
都市では「プログラミング教育」などと言われている。
その一方で、地方ではパソコンが人数分ない学校もある。
「Google検索が使えるのは、当然のことだ。」
そう思っている人は、平均よりはるか上の情報収集能力を持っている。
みんながGoogle検索を使えれば、携帯電話販売店にアプリの質問をしにいく人などいない。
小学校から「調べる」を教わってきた人たち
小学校から調べ学習をしてきた人は恵まれている。
Yahoo!きっずを使った経験が今の日常生活に活かされている。
私の通っていた大学では論文作成講座として、Google検索や図書館データベースの使い方をみっちり教えている。
授業をサボらなかった学生は読みたい本がどこにあるか、自力で調べられる。
(恵まれていない人たちは、それこそ図書館にアクセスできないかもしれない。)
そうした内容は恵まれた教育なのであって、当然ではない。
検索の仕方を教わってマスターした人は誇ってもよいと思う。
情報教育を十分に受けられていない人はたくさんいる。
小学校から大学まで「調べる」を学んできた人は恵まれている。
迷ったら入門書を
件の投稿者については、夏山の装備をしていたことが示唆されている。
十分な知識がないまま、「山登りとはこういうもの」と決めてかかっていたのかもしれない。
じゃあ、「調べる」を知っている人が富士山を登っていたら無事だったのか?
そうとは言い切れない。
富士山の情報への入り方を間違えると、同じく悲惨な目に遭うだろう。
初心者は富士山または登山の入門本や、それに類するウェブサイトを見るべきだ。
上級者向けの本は専門的な内容が書かれていて、初心者が読み取れる部分は少ない。
断片的な情報から、思わぬ誤解をする危険性もある。
わからないことがあったら、まずは入門本から。
入門本を読んで、もっと知りたい内容や検索ワード*3を見つければよい。
*1:軽率さが指摘される背景には、投稿サイト「ニコニコ生放送」(ニコ生)への世間の評価がある。今でこそYouTubeのユーチューバーが批判の的になっている。が、以前はニコ生の生主(なまぬし)がその役割を担っていた。
*2:資料2 高等学校における必履修科目の未履修について:文部科学省
*3:ちなみに、最近の検索エンジンは賢くなっているので、文章でも検索できる。現に、GoogleのCMでも「夜景の見えるホテル」のような検索ワードを使っている。昔のように単語をスペースで区切る必要はない。