生徒が搬送 学校のスポーツ指導問題
学校における熱中症が問題になっている。
- エアコンが設置されていない
- スポーツドリンクなどの水分・塩分摂取が許可されていない
などの極端な事例もネットで紹介されていた。
そんな中で私が注目したいのは、学生スポーツにおける熱中症だ。
校庭を数十周させるなどの体罰や、炎天下の野球大会の観戦で子どもが搬送された事例が連日報道されている。
過去には、テニス部の練習中に女子生徒が熱中症で倒れた。
女子生徒は低酸素脳症の後遺症を患い、寝たきりになった。
県立高校の責任者である兵庫県には、2.3億円の賠償が命じられている。
部活で障害、兵庫県の2.3億円賠償確定 最高裁 :日本経済新聞
指導者はこうした事件を他山の石とし、生徒の体調管理に務めなければならない。
安全で安心な学校スポーツが求められている。
なぜ体罰が起きるのか?
実は、罰として校庭を何周するというのは、体罰ではなく「罰走」として区別されることが多い。
しかし、肉体的な罰を受けていることに変わりはないので、ここでは体罰として扱いたい。
そのような体罰がまかり通っているのはなぜだろうか?
満たされぬ欲望 爆発する感情
生徒が自分の思い通りにならないために、指導者は手を出してしまう。
自分の説明が悪くても、生徒の聞き分けが悪いと決めつけているようだ。
指導者とは違うが、自分より上手い後輩に嫉妬して暴力を働くケースもこれに含まれるのだろう。
いずれにしても、現実と欲望との乖離(かいり)による感情の発露というのが体罰の実態だといえよう。
参考:“体罰”なぜ繰り返されるのか - NHK クローズアップ現代+
それを見て育った生徒も、指導者になってから体罰をする(連鎖)。
競技団体には、効果的で正しい指導法を学んだ指導者を養成することが求められている。
なぜ体罰は連鎖するのか?
多くの人が体罰の根絶を願っているにもかかわらず、体罰は消えていない。
それどころか、次世代へと連鎖する。
学校スポーツが生み出した負の側面は、なくなっていないようだ。
体罰への感謝
その理由のひとつとしては、体罰を受けたことが成功体験の一部として、指導者の心に刻まれていることが挙げられる*1。
つまり、「体罰を受けたことで私は成功したのだから、私も生徒に体罰をしよう」という発想だ。
「体罰のおかげで私は強くなれた」
「指導者に感謝している」
という人も多いのが現状である。
自己防衛より内申書を優先
部活を頑張ると進学や就職に有利になるため、生徒は体罰を受けてでも、部活を続けざるを得ない。
特に、1970年代ごろに、クラブ活動の成績が内申書に影響を与えるようになった。
その頃から、体罰を受けても、内申点のために部活を続けるという風潮が強まったようだ*2。
校長よりも指導者のほうが校内でのキャリアが長く、誰も反抗できない場合もある。
件のアメフト部の前監督のように、校内で影響力のある地位についているケースもあり、事態は深刻だ。
主体性の喪失と体罰の継承
指導者が体罰をやめられないのは、そういう構造が出来上がっているから、ということも考えられる。
日弁連(日本弁護士連合会)は、学校における体罰が生徒の管理のために行われ、生徒の主体性を奪っていると指摘する*3。
主体性を奪われた生徒が将来「指導者」となることで、「みんなと同じ」「当たり前の」体罰をしてしまうのではないか?
もしかしたら、指導者が生徒を支配して当然という構造が学校スポーツを縛っているのかもしれない。
根性論と大人の事情
体罰とは少し違うが、炎天下での部活動や大会が生徒の身体を蝕んでいる。
これは必ずしも根性論だけによるものではない。
どうやら、スケジュール通りに進めなければならないという大人の都合もあるようなのだ。
固定化されたスケジュール
学校スポーツの競技場は競技団体の所有物でないことも多い。
お金を払って借りる必要があるため、短期間で大会を終わらせたい。
結果として、試合のスケジュールがぎゅうぎゅうになる。
撤収や利用可能時間の都合もあり、日中の試合を避けられない。
中には、
- 伝統・慣習を尊重しすぎる
- 場所や時間、実施内容を変えられない
頑固な競技団体・部活もあるようだ*4。
一概に指導者・運営が悪いとは言えないが、大人の都合で選手が力を発揮できなかったり、体調を崩したりする可能性は高い。
現実に、猛暑日にリレーをさせられた生徒9人が熱中症で搬送されるケースも発生している*5。
スケジュールや伝統を守ることと、生徒の命を天秤にかければ、生徒の命のほうが重いことは明らかだ。
長時間の練習をさせる指導者
一方で、劣悪な環境を好む菌類のような指導者がいるのも、事実である。
長時間練習をさせ、お盆や正月にも休みをとれないなどのブラック部活が問題になっている。
他方、1日60分の濃密な練習で全国大会に出場した高校ラグビー部もある*6。
工夫次第で、練習時間を短縮することは可能なのだ。
練習時間が短くなることは必ずしも技術力の低下や競技の衰退につながらないといえよう。
指導者や競技団体には、大人の都合でカツカツのスケジュールを設定しないなどの柔軟な対応が求められる。
短時間の練習で全国大会に出場するチームもある。一概に練習時間の長さが勝利につながるとは言えない。
科学的にスポーツに取り組む姿勢
フィギュアスケート・羽生結弦選手の2018年における活躍は全世界に感動を与えた。
羽生選手は大きな大会の前にケガをし、直前まで試合に出ていなかった。
にもかかわらず彼が成功したのは、勉強熱心であることが大きく関係している。
実は、彼は故障していた間、心理学やリハビリテーションなどの勉強に励んでいた。
その他、普段から解剖学や物理学などをたしなんでいたようだ。
結果として、短時間であのような成績をおさめることができた。
それはたくさん練習すれば上手くなるという甘い考えではなく、理論と感覚をリンクさせたことによる勝利であろう*7。
参考:羽生 逆境を力に 順風満帆なら金とれなかった :日本経済新聞
自分で考えながら
残念ながら、科学に基づかずにたくさん練習したほうが褒められ、科学的に効率よく練習した人が「サボり」だと糾弾される風潮は残っている。
羽生選手のように、選手自身が自分で考えて練習や競技をすることも大切ではないだろうか?
監督の指示通りに動くのではなく、自分やチームの目標達成のために考えて行動するべきだ*8。
競技から一線を退いた人や傍観者はそれをサボりというかもしれないが、そういう人には耳を貸すべきではない。
スポーツについて勉強したおかげで、大会でよい成績をおさめた選手もいる。
選手が中心となって科学的アプローチをすることも重要である。
知識や技術への評価を
体罰も根性論も、思考停止という面では通底している。
コーチは効果的な指導方法を考えず、暴力に訴えたり、練習時間・練習量でごまかしたりする。
そういう人を減らすために、学校や競技団体は知識のある指導者を育成しなければならない。
生徒も同じである。
体罰をする指導者にならないためにも、考えながら練習・競技をすることが求められている。
そのほうが進学・就職した後でも活躍できる。
人材業界では、体育会系は上司の言いなりになって、集団の和を乱さない良い人材と思われている節がある。
それは違う。
よく学び、よく考え、主体的に行動する人こそがいまの時代に求められている体育会系なのではないだろうか?
生徒のために熱中症対策を
じゃあ、熱中症対策のために指導者ができることは何か?
- 適度な気温・湿度の環境を用意する。
- 生徒が適切なタイミングで水分・塩分補給をできるようにする。
- 生徒の体調に気を配り、熱中症の兆候を見逃さない。
- 練習や練習試合を中止・延期する勇気を持つ。
特に2018年の酷暑は、命に関わる危険な暑さと言われている。
暑さで子どもは死ぬ。生還しても寝たきりになる場合もあるということに留意して、子どもを預かってほしい。
指導者・生徒双方には、熱中症についてよく学び、考えてほしい。
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桑田さん自身の経験や研究を交えながら、体罰やスポーツ指導について論じている。
野球の専門用語も出てくるが、野球の素人が読みにくい本ではなかった。
*1:桑田真澄、佐山和夫(2013)「第一章 「暴力」との決別」『スポーツの品格』(電子書籍版)、集英社新書、9-12ページ。
*2:桑田真澄、佐山和夫(2013)「第一章 「暴力」との決別」『スポーツの品格』(電子版)、集英社新書、14ページ。
*3:日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:学校生活と子どもの人権に関する宣言
*4:参考:
学校における熱中症被害、なぜ続く? 「子どもに我慢を強要する”根性論”がまだ残っている」 | キャリコネニュース
中学校運動部:「朝練」原則廃止8割 長野県教委調査 - 毎日新聞
自治体レベルで朝練習を廃止したのに、実際には「自主練習」という形で続けられていた事例もある。本当に自主的な練習ならよいのだが……
*5:猛暑日にリレー、中学生9人熱中症か…3人重症 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
大地長官、効率的な練習を「脱ブラック部活」へ聖光ラグビー部視察 : スポーツ報知
静岡聖光学院高校はスポーツ庁のプロジェクトの先進事例校にも選ばれている。
*7:ただし、羽生選手は完全には回復していなかったとのことで、手放しで褒められることではない。
*8:長時間練習…それでも体育会系指導が勝てないワケ : 深読みチャンネル : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 1/5
実際に指示通りの指導体制をやめたスポーツ部の監督は、指示通りだと指導内容以上の成長が見込めず、生徒のやる気も出なかったと証言する。
金メダルをとったことのない指導者のもとで金メダルをとった選手は、きっと自分でも考えながら競技をしているはずだ。