作画担当者が示した 被害者に対する責任とは?
人気漫画のシナリオライターが強制わいせつの容疑で逮捕された。
漫画は打ち切られ、舞台化などの展開も中止になった。
これに対し、「作品(あるいは作画担当の方)に罪はないので、続きを描いてほしい」というファンの声が相次いだ。
中には、被害者を誹謗中傷する声もあり、作画担当者がコメントを発表する事態にまで発展した。
被害者に言及しない出版社のコメントにも批判が集中した。
出版社が作画担当者のコメントに乗っかるような動きもあり、世間の怒りを買っている。
何がどう問題なのか?
まず、今回の事件を整理する。
それから、企業としての出版社が果たすべきだった責任に言及する。
事件の概要:わいせつ容疑で逮捕
人気漫画雑誌に連載されていた人気漫画のシナリオライターが強制わいせつの容疑で逮捕された。
2020/8/8のことだった。
逮捕容疑は児童に後ろから近づき、体を触った強制わいせつである。
報道後、出版社編集部は謝罪のコメントを発表した。
2日後、漫画は打ち切りが発表された。
そして、逮捕から2週間以上がたった8/24、作画担当者がコメントを発表した。
出版社のコメント(事件報道を受けて)
報道に対し、「重く受け止めて」いるとコメント。
事実が確認され次第、処遇を決めると宣言した。
最後に、読者と関係者に「ご心配」と「ご迷惑」をかけることを謝罪している。
出版社のコメント(打ち切り発表時)
「事件の内容」と雑誌の「社会的責任」から、作品を打ち切ったという内容だった。
「ご心配」と「ご迷惑」をかけたとして、謝罪している。
作画担当者へのフォローはあったが、被害者への言及はなかった。
これについては賛否両論あった。
擁護派には、被害者のことを考えたからこそ打ち切ったのだと主張する人もいた。
批判的な意見には、やはり被害者への言及がないというものがあった。
作画担当者のコメント
作画担当者はまず、被害者に見舞いの言葉を述べた*1。
その後、通報した勇気をたたえた。
次に、打ち切りの決定に対する支持を表明した。
被害者の心的外傷を考えれば、打ち切りは妥当という判断だった。
最後に、被害者への誹謗中傷をやめるよう、「お願い」をした。
連載継続が被害者に与える影響についても、言及していた。
出版社はこのコメントに対し、「同じ思いです」と引用リツイートした。
このツイートを機に、ネットユーザーの出版社への批判が再燃した。
人気漫画原作者:強制わいせつの容疑で逮捕。
出版社:読者と関係者に謝罪。「社会的責任」から打ち切りを決定。
作画担当者:被害者に見舞いの言葉。二次加害をやめるよう、ファンに釘をさす。
出版社は、作画担当者のコメントに「同じ思いです」
ご心配・ご迷惑の正体:紋切り型のあいまいな言葉
今回の炎上の背景には、紋切り型の謝罪があるように思えてならない。
「ご心配とご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」というのは、よく見る言葉だ。
出版社もそうした言葉を使用していた。
しかし、ご心配とご迷惑とはなんだろうか?
それだけでは言葉が足りず、伝わらない。
作画担当者に対する心配と、漫画の打ち切りで被る迷惑だろうか?
修飾語以前に、言葉の重みが足りない。
身体を触られるのは迷惑ではなく、被害とか苦痛と言われるものだろう。
そうした中で、作画担当者は被害者が受けたであろう苦痛を、しっかり具体的に言葉にした*2。
それに対する自分の想いや考えも、自分の言葉で表現している。
いずれにしても、出版社はあいまいな言葉で責任から逃げていると思われかねない。
読んだ人の想像に任せ、自分ではほとんど謝っていない。
責任ある企業として、きちんとした言葉でコメントを出すべきだった。
出版社の責任:被害者だから果たさなくていい?
出版社や作画担当者も被害者のうちという意見には、ある程度同意する。
しかし、彼らにもそれなりの責任がある。
「被害者なのだから、コメントの必要はない」という意見には同意しかねる。
世間、関係者、そして(本当の)被害者に対する責任を全うすることが望ましい。
世間に対する責任:容疑者が書いた漫画
第一に、世間に対する責任だ。
シナリオライターが性犯罪の容疑で逮捕された以上、連載は継続できない。
性犯罪の容疑者がシナリオを書いた漫画と聞いて、進んで読みたがる人はいない。
それから、法と秩序を重んじる企業・個人事業主として、犯罪を許しておけない。
会社の評判にも影響する。
関係者への責任:謝罪・補償&法令遵守
第二に、関係者に対する責任である。
漫画や関連事業を打ち切りにする以上、謝罪が求められる。
契約によっては、違約金も発生するだろう。
もちろん、取引先の企業や個人も、法を守る責任を負っている。
ビジネスパートナーとして、犯罪を許さない姿勢を見せる必要がある。
被害者への責任:身体・精神・名誉の回復
そして、被害者への責任が最も重要である。
被害者の1日も早い身体・精神的回復のため、連載を続けるわけにはいかない。
彼女たちが受けた傷に寄り添うことが大切だ*3。
それから、責任ある企業として、ファンによる被害者への二次加害を許すべきではない*4。
出版社は被害者の名誉回復のため、誹謗中傷をやめるよう呼びかけるべきだった。
作画担当者が高い評価を得ていたのは当然だろう。
事件を起こしたからクビなのか?
被害者についてコメントしないとどうなるか?
「事件を起こしたからクビにしただけ*5」と思われかねない。
被害者に対して責任を果たしているかというのは、結局は世間や関係者への責任にもつながる。
誠実でない出版社の漫画や、関連するアニメは見たくない。
そうした出版社とは取引したくない。
そう思われないためにも、被害者をまず第一に考え、それから世間や関係者のことを考えるべきである。
火消しとしての謝罪はやめよう
火消し目的で謝罪して、かえって炎上するのは企業に限らない。
政治家も「誤解を招いたのであれば謝罪する」と、まるで世間が悪いかのような言い分をする。
必要なのは、罪や責任に真摯に向き合うことだ。
自分の責任を弱めるための「謝罪もどき」は、絶対に失敗する。
*1:作画担当者が被害者に言及するまでは、言及したほうがベターという空気だった。しかし、作画担当者が言及したことで、出版社が言及せざるをえない雰囲気になった。
*2:出版社が考えた、あるいはプロに発注した文を発表したのではないかという声もある。だが、いずれにしても、出版社よりも作画担当者のコメントが評価されている。
*3:これは被害者に治療費や慰謝料を払えということではない。連載を中止し、被害者への配慮を伺わせるコメントを出すだけでよい。
*4:百歩譲って、今回の容疑者を出版社とは無関係だとしよう。だとしても、作品名や雑誌名を掲げたファンによる二次加害にはシラを切れまい。
*5:確認だが、漫画家とは雇用関係になく、個人事業主として出版社と契約しただけである。とはいえ、最近は個人事業主の不祥事に対し、不誠実な対応を取る企業もある。出版社の対応が注目される。